うちのお寺のご門徒さんに、とてもとても仲の良い70代後半のご夫婦がおられました。

 

明るくよく喋るご主人さんと、小柄でおとなしくいつもニコニコ優しい奥さま。

 

ご主人さんの方が奥さんにベタ惚れ…といった感じで、ご主人さんはいつも奥さんのことを下の名前で、藍子、藍子とお呼びしておられました。

 

お寺の法要や行事にもいつもお二人で参加してくださり、杖をつかれた奥さんの手を引いて参ってくださっていました。

本堂でお参りされながらも「藍子、寒ないか?」「藍子、足痛ないか?」といつも奥さんを気遣うご主人さんの声が聞こえてきて、他のご門徒さん皆さん微笑ましく聞いておりました。

 

私が月命日のお勤めに参らせていただくと、ご主人から何度となく聞かされるのが「ワシがどれだけ藍子に惚れとるか言うてみましょうか」というお話。

 

その横で奥さんが「もう、恥ずかしいからやめてくださいよ(笑)」と止めても必ず始まります。

 

 

ご主人さんは四人兄弟の長男さんで、家業の鉄工所をお継ぎになる予定でした。

 

しかし、藍子さんのご両親に結婚の許可をいただきにご挨拶に行ったところ、「藍子は一人っ子だから、婿に来てくれるもんにしかやらん!」と言われたそうです。

 

ご主人さんはその足ですぐに実家へ帰り、次男を呼び出し、ご両親の前で「今日からこいつが長男だ、俺は婿に行く」と宣言したそうです。

 

その話をする得意気なご主人さんの隣で、藍子さんはいつも恥ずかしそうに笑っていました。

 

 

その藍子さんが、ご病気で倒れられました。

 

病院に行ったところ、手術をすれば問題ないでしょう、とのことで、すぐに入院して手術を受けることになりました。

 

藍子さんが入院されると、ご主人さんはとても寂しがり、毎日のように病院に通っては、励まし続けました。

 

しかし、術後の経過は思わしくなく、初めは一か月程度と言われていた入院が少しずつ長引き、2ヶ月が経ち、3ヶ月が過ぎ、季節が変わろうという頃…藍子さんはお亡くなりになりました。

 

「藍子が…亡くなったんやけども…家に連れて帰りますけん、枕経に来てくれますか?」

 

嗚咽をしながらかけてくださった電話のお声は、今でも耳の奥に残っています。

 

お通夜、お葬式、七日参りのお勤め…

ご主人さんは誰も声がかけられないほどに泣き通しでした。

 

そして四十九日の満中陰を迎え、お勤めが終わったあと、ご主人さんが私に話し始めたのです。

 

「ワシは若い頃からお寺にも参ったことない、仏さんに手を合わせたこともなかった。お寺へ参っとったんも、藍子が行きたい言うからやった。仏壇にも手を合わすのは、藍子にうながされるから。

 

そんなワシが、藍子が亡くなって初めて、自分の意思で仏さんの前に座って手を合わせたんです。藍子に会わせてください。夢でもいい、どんな形でもいい、幽霊になってたって怖くないから、藍子に会わせてください。毎朝毎晩手を合わせました。

 

それでも、こうして四十九日が過ぎようというのに夢にも出てくれんのです。お寺さん、藍子はどこへ行ったんですか?どこに行ったら藍子に会えるんですか?」

 

そう言って大粒の涙を流すご主人を目の前にして、私は言葉が出ませんでした。

 

俱会一処(くえいっしょ)…お浄土でまた会えますよ、そんな言葉をおかけしたなら、今すぐにでも行きたい!と言いかねない、そんなご主人を前に、ただ涙するしかなかったのです。

 

帰り際に、近々報恩講があるので「おひとりでお寺へお参りするのは、藍子さんを思い出してお辛いかもしれませんが、藍子さんが大切にしてくださっていたお寺の法要です。良かったら是非お参りください、お待ちしてますよ」とお声かけしました。

 

お念仏の中に、教えの中に、一緒に藍子さんを探しましょう、という気持ちでお伝えしました。

 

 

報恩講の当日、読経が始まってもご主人のお姿は見えませんでした。

 

他のご門徒さんから、あのいつも楽しいご夫婦がおられないと寂しいね、ご主人さんやっぱりお辛いから来られないかしらね、と声が聞こえました。

 

ご法話が始まってしばらくすると、本堂の扉が静かに開き、ご主人さんが入ってこられました。

 

ご法話の最中にもかかわらず、ご門徒さんたちは皆さん顔を見合わせてニコニコ。

 

小さな声でご主人に声をかけます。

「よう参られたねぇ、みんなであんたのこと待っちょったんよ!」

 

そして、休憩時間にはご主人を囲んで楽しそうにお喋り。ご主人さんのお顔にも久しぶりの笑顔が戻りました。

 

行事を終えて、ご門徒さんたちが帰られたあと、本堂にはたった一人、ご主人さんの姿が見えました。

 

そばに行くと、涙を流しながら手を合わせておっしゃいました。

 

「お寺さん、ワシは藍子にずっと会いたくてたまりませんでしたが、会えずにきました。ところが今日やっと会えました。お寺に参ったら、他の門徒さんがみんな声かけてくれて、藍子の思い出話をしてくれるんです。

 

藍子さんはほんまに優しい人やった、藍子さんに編み物教えてもろて編んだのがこのチョッキや、藍子さんのいなり寿司は美味しかったなぁ、藍子さんと旅行行った時に…とみんなが藍子の話をしてくれて、それを聞いておるとまるで隣に藍子がおるような気がしました。

 

寂しいから、藍子のことをあまり思い出さない様にしておったけども、心の中に藍子はいつもおったんやなぁ」

 

 

亡き人は合わす手の中に帰って来る、という言葉を耳にしたことがありますが、静かに手を合わせ亡き人に想いを馳せる時、私たちは亡き人の温もりを感じることができるのかもしれません。

 

人として生まれてきたからには、誰もがいつか必ず死を迎えるけれど、想いの中で、支えとなり励ましとなり、私の命に寄り添って共に生きてくださる世界がある。

 

そんなことを教えてくださる出来事でした。

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