今回のコロナで、世界中の多くの方々が不自由を余儀なくされる状況となりました。

 

私自身もそうです。

 

 

三月の各お檀家さまのご自宅でのお彼岸参りも、後半からは中止。

 

例年四月は、近隣のお寺さまの春の法要が続きますが、ほぼ中止・延期・縮小。

 

仏事などは対面での「密」な関係は避けがたく、このような措置を取らざるを得ませんでした。

 


誰もが、何かしらの苦しい思い、あるいは焦りのようなものを感じていらっしゃることでしょう。

 

そんな中で、私自身が救われ、気づかされたのは「暮らし」の有り難さ。

 

 

禅門には「看脚下(かんきゃっか)」というお言葉があります。

 

夜道を急ぐ、師匠とその三人の弟子たち。

 

手にした灯し火を、一陣の風が消し去った。

 

「暗夜行路をどう行くか」との師匠の問いに適った言葉が、一人の弟子が答えた「看脚下」

 

文字通り「足元を見よ」という平凡な言葉です。

 

しかし、自分の足元、つまり「暮らし」を見つめることの大切さを、いま改めて感じているところです。

 


私たちが開催しております「死の体験旅行」も、ある意味で「看脚下」です。

 

「諦め」の先に何が見えるか、生きる担保は何なのか。

 

コロナ禍の状況にも似ていると感じています。

 

 

今回の件で、それぞれ何か気づきがあったのではないでしょうか。

 

それを「手に取るように」確認する、明らかにする、それがこのワークショップです。

 


私は、田舎坊主です。

 

剪定や草刈りと、この時期はやることが多いのですが、その「暮らし」が救いとなっています。

 

しかし、まちで働く方は、窮屈さや行き場の無さを感じてらっしゃるかも知れません。

 

暗夜行路に自分を見失う方も、もしかしたらいらっしゃるかも知れません。

 

 

そんな時は、どうぞ近隣のお寺さまを、ご相談の上で「ご活用」下さい。

 

足元に立ち返る場所、それが皆さま方にとってのお寺さまなのです。

 


最後に、コロナウイルスにより亡くなられた方々のご冥福を祈り、罹患された方々の一日も早い快復を願います。

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