今年も庭の檸檬がたくさん実りました。

 

先代住職である父が好んで植えていったものです。

もう随分前になりますが、父が亡くなる前に、一緒にミャンマーへ旅をしたことがありました。

 

当時、父は癌の闘病中で余命はそう長くはないことはわかっていましたが、本人の希望もあり仏教国であるミャンマーへ一緒に旅をすることとなりました。

 

日本とは違う暑さの中、私も母も父の体調を気にするばかりで、ゆっくりとした気持ちで旅を楽しむこともしていなかったように思うのですが、それでもそれまでに訪ねた国にはない素朴さ、人のかわいらしさ、笑顔、思いがけない美しい景色、そして何よりお釈迦様のおられたインドに近いということは、こんなにも教えが濃厚に伝わっているのか…と感動しながらの旅となりました。

 

そんな旅の途中、マンダレーという古い町に滞在しました。

 

マンダレー中心部から車でしばらく行ったところにイラワジ川を眺めるサガインヒルと呼ばれる小高い丘があります。

 

サガインヒル全体にたくさんの寺院があり、当時は三千人近くの僧侶が修行しているということでした。

 

私達がサガインヒル頂上の寺院を参拝し、ゆっくりと景色を楽しんでいると、ガイドさんが「鳥を放すといいですよ。願いが叶いますよ。」と熱心に勧めてくれました。

 

どうやら、「放生」をしませんかということのようです。

 

「放生(ほうじょう)」とは、捕らえた虫・魚・動物などの生き物を解き放って自由にすることで、殺生や肉食を戒め、慈悲の実践として行うものとされています。(岩波仏教辞典)

 

ガイドさんは仕事のない時期に数か月お寺に入って修行をされるような熱心な仏教徒でした。

 

ミャンマーでは一般の人も政治家も、そのようにして仏道修行をされる時期を持たれる方が多いと聞いて、とても驚きつつ、それくらい人々の生活に仏教の教えが根付いているのだと感動したのを覚えています。

 

周りを見ると籠に入った鳥が何羽もいます。

 

其々に一羽ずつ手渡してもらい、丘の上から鳥を放すことになりました。

 

父の病状も快復はなかなか望めず、願いが叶うとは素直に思うことの出来ない私でしたが、やはり父のいのちが一日でも長く…と一羽の鳥を空に放ちました。

 

 

それぞれに何を願ったのかを話すこともなく旅は終わり、帰国後、少しずつ体調の変化を訴えるようになった父は、それから半年と少ししてお浄土へ還らせていただきました。

 

父の往生後は、寂しさと迷いの日々でしたが、毎年少しずつ父の書斎を整理する時間を持つ中、ある日、数冊の旅の記録のようなものを見つけました。

 

その中にミャンマーの旅の記録もあり、読み進める中、サガインヒルで一緒に「放生」を行った時のことも書かれていました。

 

父はどんな思いであの鳥を放したのだろう…そう思いながら読み進めた先には、

 

「私はただ、いのちあるままにと放した。」

 

とだけ、書かれていました。

それが父の願いであったのか、一羽の鳥のいのちへの思いだったのか今はわからないことですが、その言葉にはっとさせられるとともに、深くうなずき、そしてなんだかとても安心したのを覚えています。

 

いつも穏やかで、何故かゆったりと構えていた父でした。

 

あの時、のんびりと旅を楽しみながらも、病の苦しみの中にあったのは父で、自分の体調だけでなくお寺のこと、家族のこと、心配はたくさんあったのだと思います。

 

けれど、生まれていくことも、死にゆくことも自分で決めることは出来ない。

 

いただいたいのちを、ただ私としての今を、精一杯生きていく以外にない…。

 

その心中いかばかりであったかと思いながら見つけた父の言葉に、大切な人を見送らなければならないと、まだ起こっていない事実に呑み込まれていたのは私だったと気づかされました。

 


「苦」という言葉のサンスクリット語のもともとの意味は、「思い通りにならない」ということだそうです。

 

どんな存在でも「老病死」そのいずれも自分の思う通りにはなかなかなりません。

 

けれど、出来れば思い通りにしたい私達。

 

その「苦」をどうにかしたくて、より「苦」を生み出してしまっているのかもしれません。


父が亡くなった後、私も庭に檸檬の木を植えました。

 

ようやく毎年実るようになりましたが、嵐に負けて実が落ちてしまったり傷ついたり、病気になったり、父の木ほど安定して収穫することができません。

 

今年もまた「まだまだだな…」と言われている気がしています。

 

 

編集部註
浄土真宗では人が亡くなることを「浄土へ還る」や「往生」と言い表します。

2月15日は涅槃会、お釈迦様が入滅された日を迎えます。

 

私達も皆、いつか命終える日を迎えます。

 

誰しもが必ず…

 

きっかけは様々でも、いつの頃からか自分もいつかは命終える日が来るのだ…ということを私達は知っています。

 

けれど、自分自身が必ず死ぬ身だと本当に自覚しているか?と問われたら、どうでしょうか?

 

その事実を受け入れているかどうかは別として、限りある命なのだということは、なんとなくわかっているつもりで日々を生きているのではないでしょうか。

 

私自身、時折思い出しドキリとする歌があります。

 

「おいとまを いただきますと 戸をしめて 出てゆくやうに ゆかぬなり 生は」
斎藤史 歌集「ひたくれなゐ」

 

 

この命に限りがあるということはなんとなくわかっていても、自分の寿命がどのくらいなのか、いつ終わるのかは、誰にもわからないことです。

 

この歌を思い出す度に、確かにこの言葉そのままなのに、そうなのだ…と感じたことは、今までにもあったはずなのに、今この瞬間はそんなことはすっかり忘れて生きている自分に愕然とします。

 

生きている以上、いつかは終え往く命。

 

身近な人の死はもちろんのこと、自分の死を見つめることは、確かに怖く難しいことかもしれません。

 

けれど、私達が日々生きているということは、日々死を背負いながら生きているということでもあります。

 

 

「死」も、そして「老い」や「病」も、私の都合にお構いなくやってきます。

 

「死の体験旅行」では、病を得て命終えるまでの過程を疑似体験していきます。

 

積み上げたものを総て手放し、生まれた時と同じ何も持たない私に還っていく旅ともいえるかもしれません。

 

日々の暮らしの中、ひととき立ち止まり「自らの死」を見つめることは、それぞれが生かされている今を浮き彫りにするとともに、自分の生き方や周りとの繋がりを見つめていきます。

 

そしてその「繋がりの中で生かされているいのち」として、これからの日々を「どう生きていくのか」を、深く問うことにもつながっていくように思います。

 

斎藤史の歌集「ひたくれなゐ」に、前述の句に続き

 

「死の淵(がわ)より 照明(てら)せばことに かがやきて ひたくれなゐの 生ならずやも」

 

という歌があります。

 

抗いようのない現実として「自分の死」を見据えた時、それぞれの前にどのような自分のすがたが、どのような世界が広がってくるのでしょうか…。

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