「今すぐ死にたい」と泣き叫ぶ見ず知らずの男性がお寺にいらっしゃった。

 

お話を伺いますので中へどうぞ、と本堂に上っていただいた。

 

声にならない声を必死に絞り出し、必死に自分の気持ちを言葉に変えてくださった。

 

その言葉を聞きながら、私は僧侶として今何をすべきかを一生懸命考えた。

 

しかし、すぐには掛ける言葉が出て来なかった。

 

その男性の生涯は世間で言う「普通」や「当たり前」という物差しが一切通用しなかった。

 

一人の人間がこうも苦しまなければならない理由は何なのか。

 

私には分からなかった。

 

精神の負担から食事は喉を通らず、夜は死への恐怖から一睡も出来ない。

 

しかし、家に一人でいるとその恐怖から逃れる為の手段としての「死」に期待してしまう自分がいる。

 

「死にたい死にたい死にたい」と言う男性の声が昼下がりの本堂に絶え間なく響いた。

 

 

そこへ丁度法務を終えた住職が帰ってきた。

 

「おぉ、どうしたの? そんなに泣いて。よく来たね」

 

そう言いながら男性の肩を叩くと、続けてこう言った。

 

「この寺はあなたの死に場所じゃない。この寺からまた生きなさい」

 

男性は勢いよく住職に抱きつき小一時間泣いた。

 

なぜだか私は少し安心していた。

 


「よしっ」と住職が立ち上がり、男性に「外に行くぞ」と言った。

 

男性は少し驚いたようだが、住職の勢いに負けて訳も分からず外へ出た。

 

住職は軍手と麦わら帽子を私と男性に渡して境内を指差した。

 

妙な間があって笑いそうになったが、それぞれが空気を読んで日が暮れるまで一言も話さず作務に励んだ。

 


「3人ともご飯よー」と言う母の声が台所から聞こえた時、すでに時計は19時を回っていた。

 


今思えば寺族の食卓に男性が混じっているのは不思議な光景だった。

 

そして何より本当に一切食事を摂れない姿を目にし悲しくなった。

 


結局その日は「もともと死にたくて来たのだから、1日くらい帰らなくても大丈夫だろう」という住職の暴論によって、男性はお寺に泊まることになった。

 

男性も一人が怖いので泊まりたいとの事だった。

 

翌朝5時のお勤めが終わると、また作務が始まった。

 

男性は一睡もできなかったようだった。

 

草取りや、仏具磨き、雑巾掛け窓拭きトイレ掃除、日が暮れるまでありとあらゆる所を3人で掃除した。

 

健康体の私が3度の食事と睡眠をとっても辛いのだから、男性にはさぞ辛かったろうと思う。

 


そんな生活が3日目の朝を迎えた時、男性に変化が訪れた。

 

用意された朝ごはんを泣きながら食べている。

 

半熟の目玉焼きをご飯に乗せ、醤油をかけて泣きながらかき込んでいる。

 

母は男性の茶碗を覗き「おかわり?」と聞いた。

 

男性は泣きながら頷いた。

 

納豆をかけ2杯目をかき込む男性は依然として泣いている。

 

その姿がなんだか可笑しくなったのか住職が笑いながら「うまそうだね」と言った。

 

男性は「はい。うまいです」と泣いた。

 

それを見て母が「よかったね」と泣いていた。

 

この男性にとって満足な食事はいつぶりなのだろうか。

 

よく映画や漫画で見る本当にしばらくご飯を食べていない人の食べ方だった。

 

 

食事を終えるなり、男性が照れながら住職に言った。

 

「住職、本当に申し訳ない。こんな事を言うのもなんですが、私は……」

 

「……」

 

「私は……」

 

「……」

 

「ここにいると修行がキツくて死んじゃいます。もう勘弁してください」

 

住職は大笑いしながら「死にたいんじゃないのかよ」と返した。

 

男性も大笑いしながら「死にたくないです」と言った。

 

矢継ぎ早に「なんだよそれ話が違うじゃねえか、俺の3日間は何だったんだよ」と言った住職は笑いながらもボロボロ泣いていた。

 

別れ際住職がボソッと言った。

 

「この寺からまた生きなさい」

 

二人は笑顔で握手した。

 

「はい。生きていきます」

 

私はあの夏、生まれて初めて『いのちの声』を聞いた。

 


 

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